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趣味の価値観

本日から授業も再開し、

新たなクラスで出会う人々と共に1年のスタートを切った。

 

人との出会いが年々増えていく中で、

自己分析というものを必要に感じる機会が多い。

 

自己紹介に迫られるたびに、

自分というアイデンティティと向き合うわけである。

 

そしてフランクな場でもフォーマルな場でも、

さらには国境を越えても、

趣味の話は避けて通れない話題である。

 

俺は中学時代からずっと楽器や音楽の話でお茶を濁してきた、

"音楽鑑賞"ほど素っ気ないものにもならず、

端的に中高時代も表現できる便利な趣味だ。

 

しかしはっきり言ってその手の話に詳しいわけではない、

俗にいう広く浅くというやつだ。

 

以前はそんな自分がとても嫌いだった。

 

中学時代に俺が学んだものの一つに「オタクの綺麗な気持ち悪さ」がある、

傍から見れば気持ち悪いほどなのに、

一途に一つの物事を掘り下げていく姿は美しく、

オタクという言葉が肯定的なものだと学んだのだ。

 

その点、これ好きあれ好きと動き回る俺は、

にわかという否定的な言葉にまみれた姿に見えた。

 

そんな感情を丸ごと受け止めてくれる作品と俺は出会うことになった。

 

 

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楓牙の『先生を見てください』に収録されている、

"ワインの価値観"という作品だ。

 

無粋な人間ではないので、

エロ漫画としてのシコリティだとか

性癖にかかわる部分などについて言及するつもりはないので、

あくまでも上記の話の流れに則って紹介したいと思う。

 

教師(ヒロイン)と生徒(主人公)の恋愛を描く本作は、

その愛(特に教師からの)をワインに例えて描かれる。

 

特に今回の話題と直結するシーンがこちらである。

 

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”好きなものは自然と好きなものになるのであって

好きになろうと努力していること自体が

"〇〇を好きな自分"への憧れの表れなのだ”

 

これまで抱いていたわだかまりが、

未だ温かみを知らない右手に包まれるティソポと共に萎んでいった。

 

俺は同期の気持ち悪い奴らとは違ってにわかだろうが、

それでもそのコンテンツが自分にとって良いもので有り得ているなら、

そこに好意を示すことに後ろめたさを感じる必要なんて端からなかったのだ。

 

少なくとも、

音楽は聞く人の立場で変わるものではない、

なら蔑まれようとも好きを通して俺は聞き続ける。

 

それはさておき、

今日は初対面のアメリカ人の先生にサックスを吹いていた話をしたら、

コルトレーンとか好きなの?と聞かれたので、

ええ、ソニーロリンズが一番好きですねって返したら、

無反応だった、

にわか以下かよ、

もっと真剣になって。

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